大和国一宮・三輪明神 大神神社

◆由   緒◆

遠い神代の昔、大国主神(おおくにぬしのかみ)が自らの和魂(にぎみたま)を三輪山にお鎮めになり、大物主大神(おおものぬしのおおかみ)の御名でおまつりされたのが当神社のはじまりです。
 三輪山に神様が鎮まることから、古来本殿を設けず拝殿奥にある三ツ鳥居を通して三輪山を拝するという、原初の神まつりの姿が伝えられる我が国最古の神社です。
 三輪山(海抜467m・周囲16km・面積350ha)は大和盆地の東南に位置し、杉・桧・松などに覆(おお)われ、太古より神の鎮まるお山として、「三諸の神奈備(みもろのかんなび)」、「神山」と称されてきました。特に杉は『万葉集』を始め、多くの和歌集に「みわの神杉」と詠われ、ご神木とされています。
 また当神社は「三輪の明神」としてひろく世に知られ、「大神」を「おおみわ」と読ませるように、神様の中の神様として尊崇され、延喜式内大社として正一位の神階を受け、朝廷が特別に尊んだ二十二社の一つに数えられました。中古からは大和国一之宮となり、明治の神祇制度にあっても官幣大社として常に最高の待遇にあずかっており、そのご神格の高さがうかがわれます。
 拝殿奥の三ツ鳥居は明神型の鳥居を横一列に三つ組み合わせたもので三輪鳥居とも呼ばれます。その成立は不詳ですが、「古来一社の神秘なり」と社伝に記され、本殿に変わるものとして神聖視されてきました。また、現在の拝殿は寛文4年(1664)、徳川4代将軍家綱公が再建したもので重要文化財に指定されています。

和魂(幸魂・奇魂)について
大神神社の三ツ鳥居
大神神社の拝殿

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